1: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:39:29.32
日本三大修験道場の一つ、福岡、大分県境の英彦山(1199メートル)に800軒超の建物跡があることを、福岡県添田町がレーザー測量で確認した。英彦山は江戸時代、「英彦山三千 八百坊」とうたわれるほど栄え、その数字は人口3千人、800坊を意味するとされてきたが、詳細は不明だった。
今回の調査で国内最大規模の山伏集落の姿が初めて克明になった。

測量は山頂から中腹までの約6・9平方キロで実施。上空から40センチ四方ごとにレーザーを照射して地表の高低差を測定し、山伏が暮らした宿坊や仏堂などがあったとみられる平たん面を800余カ所確認した。
集落に通じる古道や「窟」と呼ばれる修行場の岩穴も見つかった。

宿坊の確定には柱の配置から間取りを調べたり、古文書と照合したりする必要がある。これまで300近く確認した。町まちづくり課の岩本教之副課長は「レーザー測量で森林の中にある建物跡も確認できた。
現地調査や分析を進め、全容を解明したい」と語る。

町は、英彦山の国史跡指定に向けて2010年から5年間、民俗、歴史、古文書、美術工芸、考古、建造物の6部門で調査。1万点を超える古文書なども調べた。研究報告書をまとめ、16年中の指定を目指す。

一連の調査にあたった西谷正・海の道むなかた館長など8人の専門家が23日午後1時から同町のオークホールで研究成果を発表する。

西日本新聞社

9

10

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151122-00010000-nishinp-sctch

11
英彦山 - Wikipedia
英彦山(ひこさん)は、福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町とにまたがる標高1,199mの山である[1][2]。耶馬日田英彦山国定公園の一部をなす。日本百景・日本二百名山の一つ。また、弥彦山(新潟県)・雪彦山(兵庫県)とともに日本三彦山に数えられる。


4: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:42:05.42 ID:VKIw5nUo0.n
今も生きてるかと思った

154: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:51:21.05 ID:q3zKVZxI0.n
>>4
スレタイ見たとき同じこと思った
どんだけ管理されてないんだよと

158: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:52:42.36 ID:0k+DXcaW0.n
>>4
なんか村おこしでもしてるのかと

389: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:49:44.12 ID:ir3pVZY50.n
>>4
ほんこれ

6: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:42:51.45 ID:SMVGLilH0.n
この800人が激しい修行をし最後に残った2人の男の間に産まれた子が室伏である

73: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:13:36.19 ID:lvfB5cdu0.n
>>6
つぼった

122: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:30:52.84 ID:zGKpg/rpO.n
>>6
うまい

290: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 14:37:37.75 ID:f2/bsj2s0.n
>>6
男同士から生まれるの
そりゃ男らしいだろうなあ

379: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:36:04.83 ID:hJQ+ub/f0.n
>>6
ワロタ

8: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:45:22.96 ID:C352pcBI0.n
下水道のない山中に3000人も暮らせば、かなり不潔だったのでは?

51: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:03:56.52 ID:XNyJy33W0.n
>>8
肥溜め設置してリサイクルと食料のためのちょっとした畑くらいは作ってたんじゃないの?

10: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:45:32.25 ID:j4u+KDS30.n
胸熱だな。行きたいわ

18: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:48:51.26 ID:RMMHL5vL0.n
グーグルマップの航空写真で見てもかなり痕跡分かるじゃない。
https://www.google.co.jp/maps/@33.4835102,130.9043264,1000m/data=!3m1!1e3!5m1!1e4

277: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 14:11:50.88 ID:PokZS6TY0.n
>>18
さっぱり分らん。

21: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:50:23.80 ID:BF74mdv20.n
修験道禁止令を出した明治政府はアホ

26: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:54:37.41 ID:T0BBs2HV0.n
>>21
山岳信仰の「講」のネットワークが、そのまま反政府闘争のネットワークになっていたから
「日本のまつろわぬ民(新人物往来社刊)」……けっこう面白い歴史本だった……より

43: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:01:46.96 ID:PguZio4b0.n
>>21
山伏は和人が元々持っていた自然崇拝をもとにした和神道の流れ

明治政府=長州人や京都公家は百済神道の系だから敵視するのは当然だった

207: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 12:30:46.52 ID:VPzTQwba0.n
>>43
>山伏は和人が元々持っていた自然崇拝をもとにした和神道の流れ

>明治政府=長州人や京都公家は百済神道の系だから敵視するのは当然だった


そんなややこしいこと明治人が考えるわけない。神仏習合だから廃仏棄釈のアオリをくらっただけ。

101: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:23:38.19 ID:pZgK+Nb90.n
>>21
修験道は神仏混淆の最たるものだからな
明治政府の日本文化破壊テロでほぼ壊滅してしまった

意外と高尾山とかには今も残ってたりするけど

30: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:57:05.71 ID:AkmGUi/kO.n
昔は色んなのがいたんだな。
山伏はどうやって生計を立てていたのだろう?
山からこんなのがゾロゾロ降りてきたら恐ろしいな。

37: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 10:59:44.42 ID:i6fcPWz30.n
>>30
山賊みたいなことしてたんじゃね?
天狗って山伏がお面をかぶって里の人を脅したりさらってたんじゃないかと思う

143: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:39:18.00 ID:WrWEgWXo0.n
>>30
山を管理してる寺が支えたんだろ
薬草やら鉱脈とか見つけるのが山伏の仕事

45: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:02:27.40 ID:wXwRvFBN0.n
>>1
いまだ日本列島には、

現在の日本国民とは別系統の古来からの住民「サンカ」衆が、数万人規模で山間地に居住してる可能性があると言われてるよな。

 サンカ → サンガ → 山臥 → 山伏

360: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:03:59.46 ID:EOdBsDAb0.n
>>45
住所を持たないサンカは明治より前は日本中にいて
椀なんか作るためにそこらじゅうの山の木を勝手に切り倒しまくってたんだけど
戸籍制度ができてからは土地を与えられて平地に定住するようになったんだわ
世界遺産の熊野古道もルートのいくつかは巡礼道じゃなくてサンカの通り道だったりする
て柳田國男がいってた

370: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:25:36.21 ID:QljtZNC9O.n
>>360
戦後にサンカや家船漁民まで無理やり戸籍作って押し込んだからね
今はよほどの事情がない限りこういう類の輩は発見されない

380: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:38:28.18 ID:GQVrdtWu0.n
>>360
サンカに関しては、だいぶ脚色されているらしいが

54: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:05:49.72 ID:ijIbO15t0.n
昔の人々がどうやって暮らしていたのか考えると
本当に興味深いね
そら、偉い人は記録のこってるけど、一般人はなかなか遺ってないからな

60: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:09:31.66 ID:CICJIUfx0.n
山伏は本来苦行を通じて自然の力を身につける者達を意味する
定住して暮らしを営むのは本来の山伏の姿ではない
女子供などもいたかもしれないが、山伏に女子供はいない

69: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:12:04.37 ID:ecV/5aa20.n
山伏の収入源はなんだ
お布施か

123: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:30:57.31 ID:IdvzTQ5k0.n
>>69
山伏というのは基本的に出家をせずに仏道修行をする行者の事でもある
普段は会社員や商売人といった人も少なくない
また修験道の開祖である役小角が役優婆塞(優婆塞=在家の仏教信者のこと)と呼ばれているのもその為

110: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:26:49.83 ID:i6fcPWz30.n
山伏ってやましい過去あるからこういう人里離れた山奥に隠れてるんだと思う
指名手配とかじゃなきゃ堂々と顔出しして寺で修行できるからな

115: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:29:56.87 ID:gxVayXHJ0.n
>>110
キリスト教でいう修道会
バチカンが王侯貴族の世襲サロンだったように
天台座主とか皇族だの将軍の弟だのばっかだぞ
世俗信仰よ

114: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:29:49.04 ID:IJr6Tsdk0.n
まだこういう未開の集落跡とか存在するのか
ワクワクする

132: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:34:48.58 ID:M1igR3r70.n
高尾山に登った時、
「天狗と山伏に注意」って看板あってびびったわ。

417: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 18:38:58.55 ID:Hh10h8nq0.n
>>132
鞍馬から貴船に抜ける登山道にも
「山伏の身なりをして悪さをする不届き者がいるので女性は特に注意」
って書いてあるよw

135: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:36:47.77 ID:M1igR3r70.n
レーザー測量でなくて目視でわからんの??

159: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:53:01.28 ID:+f6TShxT0.n
>>135
英彦山とその付近の山々が、どっちかって言うと岩山だからね
現状だと樹木があるし見た目と山自体が凄く変だし
地元民でも山全体は把握出来てないと思う

166: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:55:54.46 ID:wBRQnNFk0.n
>>135
木に覆われて可視光じゃ見えないんだろ

364: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:15:37.75 ID:zcG6muIG0.n
>>135
山伏の魔術で集落ごと艤装されてるから目視では分からない

146: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:41:42.98 ID:37TiQDRH0.n
愛媛の石鎚山に多くの九州の参拝者が来ると思ったら、九州は修験者が多いんだね。
ほら貝をもってお経を唱えながら山を登るけど、神社に参拝するんだよな。
仏教と神道が融合している。

150: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:45:40.10 ID:WrWEgWXo0.n
>>146
鉱脈見つける技術は仏教とともに中国から持ってきたからね
仏具がそのまま山掘るための道具だったりしたみたいだし
朝廷という神道が仏教の技術を使って富を得た

177: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 12:00:56.23 ID:37TiQDRH0.n
>>150
鉱山と仏教、神道を考えてる人いたんだ、石鎚山はふもとに別子銅山を控える緑色片岩帯にある、それは群馬から大分まで約30キロの幅で
帯のように続いている、高野山も空海が狩野明神、丹生明神から譲りうけたというし、この丹生とは水銀の事、中国では不老長寿の薬とされてたけど
中国ではあまりとれなかった、徐福は秦の始皇帝の命でこの水銀を探しに来たというね。

163: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:54:32.77 ID:ioHYkDbH0.n
「坊」って地名とか建物によく使われてるけど
どういう意味かと思ったら
第一に出てくるのは「坊主の住むところ」だと
そうなると「坊主」って言葉は
坊の主だから坊主ってことだわな
どっちが先なんだw

174: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 11:58:45.80 ID:wBRQnNFk0.n
>>163
条坊制の坊と同じで、元々は土地の区画のことだと思うよ。
そこから本山の敷地内にある末寺を宿坊、その主を坊主と言うようになったんだろう。

187: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 12:06:51.00 ID:ioHYkDbH0.n
>>174
ほうほうありがとう
そもそも条坊制という言葉を知らなかった
平城京や平安京も条里制のうちと習った気がしてたけど
条里制は農地だけなんだね

190: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 12:08:03.44 ID:37TiQDRH0.n
ひょっとしたら修験者って徐福が連れてきた3000人の職人たちの末裔なんじゃないかと思ってしまう。

194: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 12:12:22.33 ID:SW4hXMUC0.n
>>190
戦国時代には徐海という名前の海賊が九州にはいたよ。
王直はもっと有名な九州の海賊かな。

206: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 12:30:10.77 ID:0YIMPX7f0.n
>>190
大和朝廷に従わない人達が山に隠れ住み
その後やってくる様々な宗教をまぜこぜにして修験道を創始し、
独自の集団を形成する宗教団になった

起源からしてアウトローであり
その時々の領主、権力者と持ちつ持たれつ
非合法な活動を引き受けてきた
俗に言う忍者のイメージは彼らのもの
服部半蔵なんてのは依頼主に過ぎない

明治維新のとき、そんなやつらがいたら
近代国家として恥ずかしいから、と
解体、還俗された

238: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 13:01:09.19 ID:8MnGXFV9O.n
トリックとかに出てきそう

242: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 13:08:37.07 ID:aMeA0N2P0.n
三千人も住んでたのがここまで忘れ去られた経緯を知りたい。

253: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 13:24:16.26 ID:ZlxnUXR90.n
>>242
サンカもそうだが日本で山に隠れ住んでた人達の記録はほとんど残されてないんだよな
三千人も住んでて歴史から黙殺されたのはそれなりの理由があるんだと思う

258: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 13:29:30.80 ID:ur320Q5x0.n
>>253
修行してたわけで、隠れ住んでたり普通の生活をしていたわけじゃないからね

417: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 18:38:58.55 ID:Hh10h8nq0.n
>>253
戦前に折口信夫が「日本人の1/3はサンカである」という論文を出そうとしたんだが
皇国史観だと1/3が「臣民」でなくなるというのは非常にまずいことになるので
右へ振り切った学者たちが「そんなの世に出したら折口の男色趣味ばらすぞゴルァ」と
柳田國男を脅し、その説得により論文は闇へと葬られてしまった(´・ω・`)

273: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 14:02:59.86 ID:WrRM8kvD0.n
以前仕事で英彦山の近くに通ってたけど、爆発踏切っていう踏切を毎日通ってたわ。
爆発踏切てwww

292: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 14:40:09.92 ID:TPuLdSOX0.n
>>273
その踏切近くにあったトンネル内に隠していた日本軍の火薬が
爆発したんだよ。戦後間もない頃に。
その爆発で山ごと吹っ飛び、周辺の住民に多数犠牲者が出た。

295: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 14:43:58.86 ID:f2/bsj2s0.n
>>292
そんな悲劇が…
笹子トンネルに崩落トンネルと名付け事故を忘れまいとするようなもんね。

349: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 15:41:28.04 ID:a+3M4xmh0.n
>>292
ぐぐってみて驚愕した・・・
彦山駅って風情がある駅だなと思ってたけど、そんな歴史があったとは・・・

406: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 17:30:06.62 ID:WrRM8kvD0.n
>>292
調べてみたら、近所の旧山田弾薬庫の弾薬か。
ちなみに最近工藤会会長の大捕物があった。

275: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 14:06:49.03 ID:IwKebwfK0.n
英彦山に行くなら
駅前の食堂で鯉こくを食べてみて欲しい
ヤマメの塩焼きとセットになっている定食がお薦めだ
それと、神宮近くの温泉と食堂が一緒になっているような施設の
ヤマメのから揚げも超美味しいぞ
丸ごと全部、さくっと食える

343: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 15:28:35.60 ID:oy+cXevR0.n
西洋史から教皇を取り除いたら、歴史が
飛び飛びの意味不明なシロモノになるだろ?

日本史も例外では無く、宗教史を除いた
日本史など、意味不明なシロモノなの
学校で習う歴史は、この意味不明なシロモノ
日本の歴史は、宗教と密接に絡み合って、
宗教を語ってこそ真の歴史がそこに見えてくる

347: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 15:37:42.78 ID:/WeG4oXj0.n
>>343
その通りだね

391: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 16:52:27.12 ID:j5d4xcob0.n
小説「剱岳」のラストがよかった。
誰も登頂できない難攻不落の剱岳を制覇すべく、最新装備で身を固め、
悪戦苦闘の何度目かのチャレンジで登頂に成功したその隊員が山頂で見たものは、
何百年も前の修験者の杖の飾りだった、という幕切れにぞくぞくした。

398: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 17:07:25.28 ID:opX26F9o0.n
>>391
おもしろそうだな。アルプスのアイスマンを思い出した。
子供の頃、かさをかぶり、うちわのような薄い太鼓を鳴らしながら、列を作って歩いてる修行僧たちが夕方家家を回って托鉢をしていた。母は天狗さんと呼んでいた。

420: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 18:48:29.04 ID:5GesBmxN0.n
いちばん日本らしい日本の文化といえば、和歌と修験だからな。
日の出山荘で法螺貝吹いた中曽根さんは慧眼だったよ。

427: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:30:01.40 ID:0Wt1Xyzo0.n
英彦山
なんて読むの?

エイゲン?
エイヒコ?
それか、エビコみたいな特殊な読み?

429: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:32:10.39 ID:gFRzvh/X0.n
>>427
ひこさん

432: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:34:26.07 ID:0Wt1Xyzo0.n
>>429
あん?
英はどこに行ったんだよ

いや、切れる話ではないか

439: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:45:07.50 ID:gFRzvh/X0.n
>>432
言われてみると確かに「英」の読みがないね
何でかは知らんけど 習った読み方は「ひこさん」

444: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:56:08.58 ID:0Wt1Xyzo0.n
>>439
wikiによると元々「彦山」だったらしい
それが
>1729年(享保14年)、霊元法皇の院宣により「英」の字をつけたという
てことだ

また、この山の領主である豊前佐々木氏はかの佐々木小次郎を排出したという説もあるとか
江戸期、新たに領主になった細川氏が
英彦山を中心に隠然とした力を持つ佐々木氏を弱体化させるために
巌流島の決闘を策謀したと言う
あくまで一説だけど

434: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:38:13.48 ID:Ny0o193i0.n
この辺りって九州なのに冬は雪や路面凍結で通行止めになったりしてるよね
しかも国道だと思って通ったら道幅が車ギリギリだったり

437: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:43:06.80 ID:PRjTANSqO.n
>>434
九州だったらどこも暖かいと思うな
冬になると雪が降った方が暖かく感じる地域はたくさんあるぞ

443: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 19:51:06.56 ID:utq456hg0.n
ガキのころ母が山伏読んで神棚に祈祷してもらってたな
俺がアトピーだったもんで、ついでに祈祷してもらった
背中に何か九字のようなもの切ってもらった
全然効かなかったけど

413: 名無しさん 投稿日:2015/11/22(日) 17:58:12.96 ID:p3nPy4w1O.n
地図にない集落とか神秘的なのとオカルト的なのと
複雑だけど興味深いわ

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