富士山巡礼者

72: 名無しさん 2019/09/27(金) 09:46:28.95 ID:iu6lOlXl
江戸時代の登山ってかなりの遭難者がいたんじゃないのか
2人にひとりは遭難してそう

81: 名無しさん 2019/09/27(金) 22:43:33.92 ID:gvrPgkH3
>>72
追い剥ぎ、山賊もいるからね。

54: 名無しさん 2019/09/26(木) 14:27:33.26 ID:8Zl4dZWy
草鞋は半日で朽ちて無くなるらしいから
装備に金がかからないってのは間違いなんじゃないの
むしろ際限なく金がかかり続ける
柿渋を塗った紙のカッパも基本使い捨てと思われる

59: 名無しさん 2019/09/26(木) 16:22:02.64 ID:FQ+lEje0
>>54
昔の常用された雨具は笠と簑、土間や外に干して何度か使われた
和傘はあくまで街で使うもの

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73: 名無しさん 2019/09/27(金) 09:59:52.79 ID:3zMQLTN7
>>59
紙のカッパは携帯用
かさばらないから

70: 名無しさん 2019/09/27(金) 09:19:44.65 ID:uRf94XtS
「江戸時代の装備で山登ってみた」

登山系ユーチューバーがやったら視聴数稼げるぞ。

78: 名無しさん 2019/09/27(金) 12:00:54.69 ID:0pHPSFqq
>>70
GoPro持ってる時点で言ってる事が破綻するな

82: 名無しさん 2019/09/28(土) 00:32:15.89 ID:nt2ehMN5
そもそも江戸時代には頂上まで登る人なんて少数でしょ。
修行場になってる山でもない限りは。

猟師やら木こりやらなら山には入るだろうけれど、
道楽でピークハントなんてしてる暇人なんて
そんないたわけがない。その限りでは近代的な
重装備なんて必要ない。

高い険しい山は、明治以降に政府主導の測量とか
ヨーロッパ文化のアルピニズムが入ってから
初登頂されたとこがほとんど。

86: 名無しさん 2019/09/28(土) 12:04:42.40 ID:sRAj3bc3
>>82
むしろ戦国時代とかの方が
山城構築の為にピークや尾根を目指したはずだよね

87: 名無しさん 2019/09/28(土) 17:18:13.50 ID:wRe5twiQ
家康だって敵に追われながら甲冑を着て伊賀越えしたんだぜ。
クマごときでビビっているゴアテックス愛用者さんとか何やってんの?

88: 名無しさん 2019/09/28(土) 21:27:19.58 ID:SjslwaUX
出兵中は極地法のような物資のピストン輸送やってる
近くの城から本隊へ、本隊から各隊へって感じでね

甲冑も戦闘時以外は脱いでるし、着てない時は荷物として本陣に随伴しながら輸送してる
甲冑を着ながら移動しなきゃならない時は馬に乗って移動だぞ

89: 名無しさん 2019/09/29(日) 16:48:50.12 ID:n8IcWtEu
江戸時代に趣味で山登る奴なんていないだろw

90: 名無しさん 2019/09/30(月) 00:32:57.18 ID:lmQlWpb4
江戸時代にも雪沓や水沓と呼ばれる防寒ブーツや防水ブーツはあった
間宮林蔵は、その装備で樺太を踏破してアムール川まで遡っている

江戸時代の製品は全て職人によるハンドメイドなうえ、メンテナンス性も良好だったので、現代の下手な量産品よりも質が高いものも多かった

有名な八甲田山遭難事件でも西洋式の最新防寒装備を着用したいた隊は多数の犠牲者を出したが、地元民の忠告にしたがって和式の防寒装備を着用していた隊は犠牲者を出さなかった
江戸時代をあまりなめない方がいい

93: 名無しさん 2019/09/30(月) 14:19:06.48 ID:TWAonB9i
その時代時代で最善を尽くしたのさ

95: 名無しさん 2019/09/30(月) 18:58:43.55 ID:Y2Stk6Qg
ウェアとかより水を入れる容器がハードル高そう。
どうしたんだろう。竹水筒くらいしか思いつかんが。

96: 名無しさん 2019/09/30(月) 19:28:25.69 ID:BLdVg0tS
>>95
漆塗りのひょうたん
荷物入れも竹を編んだものに漆で防水

97: 名無しさん 2019/09/30(月) 19:30:38.62 ID:a78WBzBq
1000年前の行者が劔岳に登ったと思われるルートを辿ってる番組でも装備が当時と違いすぎるし参考にならんかったな

剱岳


101: 名無しさん 2019/10/01(火) 10:00:30.51 ID:ThkIOrbP
>>97
奈良時代に作られたとみられる錫杖が見つかったからといって奈良時代に登られたとは限らないんだけどな

102: 名無しさん 2019/10/01(火) 11:40:53.99 ID:1Evg/w+X
でも役行者とかいた時代でしょ
真言が外国から入って来た直後の最新流行だった時代でしょ

決まった行場とかしちめんどくさい手続きとかまだなくて
修行になりそうなそれっぽい山を
ウェーイ系が手当たり次第攻略してたと考えたら
奈良時代がいちばん登ってそう

103: 名無しさん 2019/10/01(火) 11:58:49.36 ID:ortDAyb1
日光男体山の山頂遺跡も奈良時代だったな
役行者はもっと古いけど

107: 名無しさん 2019/10/08(火) 01:44:37.21 ID:vGkIP6d+
>>1
江戸時代でも深靴はあったらしいよ。
もちろんゴアはないけど、編む素材や編み方、油紙や蝋コーティングなんかで水の侵入を防ぐように工夫していたものもあったらしい。
当然その分、普通の草履や雪駄よりも高かったでしょうけど。

108: 名無しさん 2019/10/08(火) 18:05:54.52 ID:QNzNFGSi
>>107
なかったら雪国で生きられないよな

120: 名無しさん 2019/10/19(土) 15:56:11.74 ID:GLEEjvp3
通年同じ麻の着物着て隙間風だらけの貧乏長屋に住んでたんだよな
気候もプチ氷河期で今よりも寒い中で
何で羊毛産業が産まれなかったんだろ

122: 名無しさん 2019/10/19(土) 23:54:36.44 ID:FR9OF3FD
>>120
冬は重ね着してた
屋内では背面は半纏、前面は囲炉裏や火鉢
外に出る時は足元に赤綿足袋

室内を暖めるのではなく放射熱で直接身体を暖めるスタイル
キャンプの焚き火と似たような感じだね

127: 名無しさん 2019/10/28(月) 08:29:05.35 ID:hGSwrGmX
江戸時代でも加賀藩が奥山廻りといって、三俣蓮華岳といった北アルプスの奥地まで探索してるからな。

135: 名無しさん 2019/12/14(土) 22:10:12.63 ID:/MvoqQy4
つーか、江戸時代に山に登る町人なんていなかったんじゃね?
修験者なら居たと思うけど

139: 名無しさん 2019/12/17(火) 09:47:12.70 ID:ffttAbKb
>>135
富士、立山、御嶽の山岳信仰が栄えてたけど、金と時間に余裕のある人間が行けた感じかな。

あとは仕事で日常的に山に入る人や、街道の峠越えくらいじゃない?
峠越えに関しては難所で死者が出てたって場所もあるくらいだから、昔の人は旅も命がけだったみたい。
下手したら俺らがやってる登山よりも危険でハード。

峰本社


136: 名無しさん 2019/12/15(日) 00:08:05.98 ID:ekBoYB+X
湯治やら神社参拝やら旅行はあったと思うけど
お伊勢参りに全国から来るし、すげぇ歩いてたみたいよ

137: 名無しさん 2019/12/15(日) 00:21:23.70 ID:HlzTc7/v
そんなん選ばれし暇人だけじゃねーの

138: 名無しさん 2019/12/15(日) 07:48:39.53 ID:wj++9MPO
富士講 - Wikipedia 

江戸時代に成立した民衆信仰のひとつ

定期的に行われる「オガミ(拝み)」とよばれる行事と富士登山(富士詣)から成っている
夏になり富士の開山の時期となると、河口や吉田などにある御師の家に富士講の講員らが続々とやってくるので、宿を提供し、登山道についての情報や登山に必要な食料や装備も提供するなど、様々な世話をした。

一般に地域社会や村落共同体の代参講としての性格を持っており、富士山への各登山口には御師の集落がつくられ、関東を中心に各地に布教活動を行い、富士山へ多くの参拝者を引きつけた。

大宮口や須山口は、江戸・関東からの多くの参拝者でにぎわった。最盛期では、吉田口には御師の屋敷が百軒近く軒を連ねていたほどであったのである。数多くの講社があり、江戸時代後期には「江戸八百八講、講中八万人」と言われるほどであった。

北口本宮富士浅間神社の参道を行く富士講の講員たち

140: 名無しさん 2019/12/17(火) 12:10:57.50 ID:7nMof1sK
余裕がある人じゃなく村の衆がお金を出し合って代表者が参拝に行ったらしい

142: 名無しさん 2019/12/18(水) 19:00:25.34 ID:EZNGJLKz
>>140
そこまでするほど、当時の人には霊山に登って参拝する事に宗教的な意味があったんだな。

143: 名無しさん 2020/01/21(火) 07:53:31.68 ID:KDHVYHmV
明治新政府は廃仏毀釈の一環で修験禁止令を出したが、その頃日本には全国で17万人もの修験者(山伏)がいた。

当時の人口は約3000万人で男は半数だったとすると100人に一人以上は修験者だったんだ。

信心深いって話じゃあないな。食えない百姓が集まってきてたってのと、あとは今でいうクライミングとかトレランしたいとかの欲求を持った連中がいっぱいいたんだと思うわ。
当時はそんな趣味だとかレジャーといったカテゴリーが存在しなかったが、人間の欲求なんてのは今も昔もそんな変わらんだろうからな。

お伊勢参りが流行ったのも、江戸時代は移動の自由がなかったが、寺社巡りならどこ行ってもOKという抜け道が、人間の旅行熱に結び付いたもんだからな。

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引用元:http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/out/1569272879/

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