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839: 名無しさん 2005/12/04(日) 15:33:34 ID:q6cN+cdd0
風文

昔、聞いた話。

舞い落ちる雪の粒の中に、極くまれに、木の葉型のものがある。
それを風文と言う。

風文は、人肌に触れ、融ける瞬間、声になる。
それは、山で遭難した人の今際のきわの言葉。
はからずも死者となり、魂は黄泉路を、身は山路に留まらざるを得なくなった者を、
雪様が憐れみ、近しい者に届けてくれる便りだ。

雪様の姿は千差万別。
ただ、いつも足元に白い仔兎が遊んでいるらしい。
それで、風文を貰った人は、かぼちゃ程の小さな祠を作り、中に小さな雪兎を祀る。
お供えは、熊笹の上、胡桃の殻の片割れにお団子、もう半分にお酒を上げる。

話してくれた夫婦は、ご主人のオーバーの袖口に付いた風文から、確かに息子の声を聞いたと言う。
“ごめん、春にはきっと帰る”
その言葉どおり、翌年の春の終わりに、彼は山から帰って来た。
以来、風文は来ないが、息子の命日には、庭に小兎のちょこなんと納まった祠が作られる。

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849: 名無しさん 2005/12/04(日) 21:08:03 ID:v4k+oxbl0
>>839
切ない話だ・・・。


867: 名無しさん 2005/12/05(月) 22:58:29 ID:4XciE5Q30
人の声

雪解け水の季節や、夏の降雨期を終え、水が少なくなった滝を登っていた。
掌に吸い付く一枚岩の乾いた冷たさが心を浮き立たせ、指先に感じる小さな
窪みが何とも気持ちよく、気温や湿気、光る空気が心地よかった。

水が少ない滝はルートに幅があり、自分の技術に合わせて、好きな
ルートで登ることが出来る。
俺は右斜めに登り、最後に水を避けて左へ逃げるルートで登っていた。

顔にかかる水しぶきが増え始めた。
そろそろ左へ方向を変えよう、そう思った時、不意に声がした。
何かの鳴き声に思え、耳を澄ました。
人の声だ。
距離は分からない。
言葉は意味あるものとして耳に届かない。
じっと聞き耳を立てた。
水音が邪魔で、やはりよく聞こえない。
下にいる仲間たちの声ではない。

右側、水の流れの向こうから聞こえてくるように思えて仕方ない。
知らず知らず、身体が右に寄った。
左手が岩の窪みを掴み直した時、岩がぐらりと揺れた。

868: 名無しさん 2005/12/05(月) 22:59:29 ID:4XciE5Q30
まずい。
掴んでいた突起がもげ、手ごたえの無いまま左手が宙に浮いた。
バランスが崩れ、右手に力を込めた。

崩れたバランスを回復させようと、全身が力みかえり、呼吸が止まり、
喉が痛くなるほど唸った。
左足に力は入らず、ただ岩の上にあった。
右手右足を支点に、ドアが開くように煽られた身体がじわじわと戻り、
岩が左手の中に入ってきた。
左手中指、力を込め、岩にしがみついた。

「ごめんね」
耳元で男の声がした。
瞬間、水の流れる音が変わり、水が巨大な塊となった。
音と水しぶきが、俺の世界を満たした。
両手から岩肌が失われ、数メートルを滝壷まで落ち、下で待っていた仲間に
引き上げられた。
俺が怪我ひとつしていないことが分かると、心のどこかで何かが外れ、
最初に俺が笑い出し、やがて全員が爆笑した。

仲間たちにとって、今でもそれは不意の増水と、無様に転落する
俺の姿とによる笑い話でしかない。

931: 名無しさん 2005/12/10(土) 08:34:18 ID:S6muTIJE0
竜が昇る滝

竜が昇る滝として、地元では知られていた。
テレビの取材が来たこともあるらしい。
両側がきわどく切り立ったV字形の谷底が、一気に駆け上がるように
急傾斜をなし、一旦、傾斜がゆるんで谷の幅が広がった所から、
もう一度切り立ったようになっている場所だった。
確かに、竜が運動代わりに空へのぼるくらいのことは起こりそうな、
そんな雰囲気のある場所だった。

訪れるのは初めてだったが、来る前の想像よりもずっと荘厳な場所だった。
寒さが厳しくなり始める頃で、数週間以内には、沢が人を拒むようになる。

幸い、宗教的な禁忌などはないので、俺たちは沢筋を存分に楽しみ、
山中で一泊してから、麓の集落まで戻る林道を歩いていた。
山へ向かう軽トラックとすれ違う際、運転手の男性が声をかけてきた。
一昨日、集落に一軒だけの小料理屋で飲んでいた男だった。
沢登りに来たことは、俺たちの誰かが話したのだろう。

運転手は煙草をふかしながら、今朝、竜が昇ったぞと、そう言った。
俺たちは無論、見ていない。
上機嫌な運転手の笑顔を乗せ、軽トラックは山へ行ってしまった。

932: 名無しさん 2005/12/10(土) 08:35:27 ID:S6muTIJE0
その夜、例の小料理屋に、やはりその男はいた。
天気がよければ朝、川原から竜が見えるだろうと言われ、
食事を済ませた俺たちは店を出て、川原にテントを張った。

結局、ほとんど寝ずに夜明けを待った。

空が明るみ、空が色を変える中、あの滝のあたりから一筋、
煙が空へ伸び始めた。
煙はすぐに濃さを増し、狼煙のようになった。
わずかに揺らぐように不安定に形を変えるそれは、確かに
ぴいっと空へ昇る竜に違いなかった。
時折、きらっと光るのは木の葉か何かだろう。

V字形の谷が急激に立ち上がる、あの地形が上昇気流を生み、
雲をこうした形で吹き上げるのだろうが、そんな解釈は
どうでもよかった。

ぽかんと口をあけ、すげえなあ、などと言っているうちに、
竜は、空に吸い込まれるように消えた。

山の不可思議事件簿

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出典:http://hobby7.5ch.net/test/read.cgi/occult/1129644145/

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