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1: 底名無し沼さん 02/10/26 19:21
「そのとき私が大きな感動につつまれたであろうと
 おおくの人々は思っているだろうが、それは大きな誤解である」
「私は、ただたんに、そのときその場にいたという
 感想をもったにすぎない」           (メスナー)

 その一点にこだわりつづけた者たちが、
「それをめざすことだけが、登山ではない」とも語る
 その山の頂とは、いったい何なんでしょうか。

あなたの山頂での体験や思いについて、
【山の名前】、そこでの【風景】や【感想】、
【滞在時間】など、いろいろ語ってくださいな。

9: 底名無し沼さん 02/11/01 23:16
すぐくだりのことを考える
ながいすることないからね

10: 底名無し沼さん 02/11/01 23:44
急斜面を覗き込み、いま終わりにするのもいいかと思いながら
ここまで来てしまいますた。人生は後悔の連続です

18: 底名無し沼さん 02/11/10 22:14
かなりうろ覚えなんだが、メスナーの自伝の中でどこかの山頂(たぶんチョモランマ)に登ったとき
「そこにある雪庇のほうが僕のいる場所よりも高いだろう」
ってな記述があって、その状況を想像して複雑な気持ちになった記憶がある。
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登山を始めてわかった事

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ラインホルト・メスナー - Wikipedia
ラインホルト・メスナー(Reinhold Messner、1944年9月17日 - )は、イタリア・南チロル出身の登山家、冒険家、作家、映画製作者。1986年に人類史上初の8000メートル峰全14座完全登頂(無酸素)を成し遂げたことで知られる。

20: 底名無し沼さん 02/11/25 00:08
>>18
ついフラフラと逝きそうで怖いなあ。

23: 底名無し沼さん 02/11/25 16:16
山頂では必ずカップヌードルを食う。
カップヌードルを食うために頂を目指すといってもいい。
山頂とは俺にとってそういう場所だ。

24: 底名無し沼さん 02/11/25 16:24
GPSのデータ取り
可視観るでトレースするのが
最近の楽しみ

25: 底名無し沼さん 02/11/25 16:38
>>24
機械の確認のため山に登っているみたいで虚しくないか?

29: 底名無し沼さん 02/11/26 19:25
>>25
媒介なしに楽しめないとしたら虚しいね。

26: 底名無し沼さん 02/11/25 17:17
書くということが詩を意味づけるように
climbingを意味づけるのは
登るということなのです
自分自身の内にあるもののほか
征服すべきものなど何もありません
書くという行為が詩を正当化します
climbingも同じです
自分がひとつの流れflowであるとの認識ですね
flowの目的は流れつづけるということ
頂上やutopiaをを望むということではなく
流れの状態をたもちつづけるということです
登るということではなく
絶え間のない流れなのです
この流れをたもつために登っているにしかすぎません
climbingにとって
登るということ以外に考えられることはありません
それは自分との対話なのです

『倦怠と不安を越えて』(Beyond Boredom and Anxiety) 邦題『楽しむということ』

27: 底名無し沼さん 02/11/25 17:31
われわれは自然と一体になろうとして山に分け入る。
登山は山頂をめざし、重力に逆らって登り、超然と
控えている高地のゾーンに身を置こうという営みで
ある。山の頂に立つ、このように充実した瞬間は他
には得られない。人生のすべての貸借表が相殺され
る瞬間だ。気宇広大のわが身を覚え、自由闊達の境
地を味わう。あらゆる憂鬱の最良の解毒剤、亢進し
すぎた精神の内在の開放弁。精神は重力を失い、心
地よく浮遊する。精神そのものが自由であることを
私は山以外で覚えたことはない。

太田直道「山の断想」

30: 底名無し沼さん 02/11/26 19:39
当然、楽しみのひとつってことでしょ。
突っ込むようなことでも...

31: 底名無し沼さん 02/11/26 19:43
何で山頂かと言われると不思議な気がする。
トレールが山頂に続くからであるともいえる。
縦走路なんか山頂を巻いていると結構飛ばす。
しかしそんなことは本質的なことではない。
山登りには区切りがある方が良いからでないか。
何時までも続く、終わり無き登りなんて
人間は人生以外で味わいたくないのではないか。

32: 底名無し沼さん 02/11/26 19:59
惑わされるピークも多いし、
眺めのわるい山頂も少なくない

34: 底名無し沼さん 02/11/26 22:17
少しでも見晴らしのよいところへ登り詰めたい。
より遠くが見たい。
あの山の頂よりももっと高いところへ逝ってみたい。



36: 底名無し沼さん 02/11/27 00:46
かつての山頂にはクライマーの名誉や誇りが有った。今ではそれらのものは登攀ルートやスタイルに
とってかわった。山頂は登攀スタイルを評価する尺度の一部として存在し、ルートの中には存在すらしないものがある。

37: 底名無し沼さん 02/11/27 01:01
自分の体験や思いを表現できる人を率直にうらやましく思います。
ところで、
>ルートの中には存在すらしないものがある。
このくだりがわかりません。
山頂がってことでしょうか?

40: 36 02/11/27 01:28
>>山頂がってことでしょうか?
そうです。登山界では、山頂を踏まなくても素晴らしい記録として認められたものがあります。
例えば、パキスタン=カラコルム山脈のガッシャブルムⅣ峰7925mの西壁(輝く壁=
現地語で「ガッシャブルム」、標高差2500m)の登攀は1985年のヴォイテク・クルティカ&
ロベルト・シャウアーのペアによる初登攀以来、未だ再登が無く、ヒマラヤ登山史の中でもひときわ
大きく取り上げられるものですが、その初登攀時には頂上へは到達できず100mほど低いピークを
最高到達点として下降したのです。しかし、壁の登攀には成功しているわけで、価値のある記録とされているのです。





45: こう ◆oj/C5hdTXU 02/11/27 01:54
山頂というのは何も特別な所じゃありません。

47: 底名無し沼さん 02/11/27 02:40
かつては山頂には天に近づくという意味があった。
展望なら飛行機やヘリが勝る。
そうなると山頂の意味は達成感や安らぎ、癒しにあるのかもしれない。

48: 底名無し沼さん 02/11/27 11:17
山頂とは、常に次なる頂への挑戦のはじまり、希望の象徴。
しかし、いつかは山をやめなければならない。
人生最後の山頂にこそ真の安堵があるはず。
その時、天に近づけるのではないでしょうか?

50: 底名無し沼さん 02/11/27 17:55
山頂とは、

通過点のひとつ

51: 底名無し沼さん 02/11/27 18:15
もっと高く、もっと遠くへと思いつづけてきた
定住など、人類の歴史からみればおかしなことだと言ったこともある
なにより自由でいたかった
上は標高二千数百メートル、下は水深四、五メートル
横は自転車を入れても二千キロ程度
会社に勤め、税金を払いつづけ、家も建てた
もう夢はみないが
あとどれだけいけるのだろうかと考えたりもする

68: 底名無し沼さん 02/11/29 01:29
>>51
自由になるためには訓練が必要である

58: 底名無し沼さん 02/11/28 00:49
腰に手を当て山頂に一人で立ち尽くし
大声で笑ってみると、バカみたいな気もするけどなんか気持ちいいな。

60: 底名無し沼さん 02/11/28 00:54
>>58
みたいな人には絶対に遭遇したくないな

61: 底名無し沼さん 02/11/28 01:33
>>60
山によっては
地上でほどは
珍しくもない

71: 底名無し沼さん 02/11/29 02:29
男は一気に登り一気に下山する
女は何度も登りつめるから縦走向きだな

72: 底名無し沼さん 02/11/30 03:22
徒労の果てに山頂がある。

無駄を楽しむ贅沢。

75: 底名無し沼さん 02/11/30 06:06
ここのところ、ずっと
山頂は次に登る山を決める場所
になっています。

78: 底名無し沼さん 02/12/01 07:20
登っているときには山頂にはきっと何かあるはずと思い、
山頂にあっては次こそ見いだされるはずと思う。

山頂の癒しが繰り返すほどに減ってくるのは残念なことだ。
時間を置くか、より厳しい登山をするしかないのだろう。

80: 底名無し沼さん 02/12/02 07:21
山頂とは未知なる出会いとか、達成感とか、めぐり合いとか、メグライアンとかよく言うよね

81: 底名無し沼さん 02/12/02 16:00
山頂はまだか?
もう見えたか?
足下と山頂ばかり探していた初心者の頃。
読図ができる様になると、そろそろ尾根を越す、鞍部が近いと、いろいろ思いが巡る。
それさえもうしなくなった慣れ親しんだ山では新緑や紅葉、落ち葉、ウグイスの声、沢のせせらぎ、
滝の音、すれ違う登山者、こけ、山菜、石みんな愛おしくなる。
山頂に余り思いが巡らない。

82: 底名無し沼さん 02/12/02 16:38
10秒だけいて逃げ帰ってくるところ

88: 底名無し沼さん 02/12/26 00:28
山頂とは銃走路で一日で幾つもまとめておとすもの。

89: kani 02/12/26 17:13
困った事に最近は山頂の存在意義はこんな感じに思える・・・

 1.「○○山に行った登った」と人に言う為。
 2.趣味や興味の無い人がとりあえず山に行く為。
 3.途中で降りた者をあざ笑う為・・・

アプローチも道具も良くなって達成感が薄くなったし、展望も尾根と大して
変わらない。義務のように記念写真を撮って帰る不思議な場所。
山の本当の価値は山頂には無いと思うのだけど・・・
(富士山とエベレスト意外ね^_^;)

90: 底名無し沼さん 02/12/26 18:29
>>89
弁当を食う場所という存在意義もあるよ。

98: 底名無し沼さん 03/01/17 12:58
>>89
北沢峠以外のアプローチからなら、甲斐駒は結構達成感あるけど。
あなたぐらいのレベルになるともう机竜之介の心境なのですか?

91: 底名無し沼さん 02/12/27 01:41
俺は、たとえ低い山でもなにか特別なものを感じるけどなぁ・・・

93: 底名無し沼さん 02/12/27 08:39
ある程度角度のついた山頂が好き。
なだらかな道を歩いていて、いきなり「山頂」という標識があってもツマラナイ。

94: 底名無し沼さん 02/12/27 17:42
>>93
逆にそんな山頂は少ないと思うが…

97: 底名無し沼さん 03/01/17 10:13
山頂は大体が平らで、ポールが立っているのでツエルト泊にちょうど良い
と思います。見晴らしもいいし、夜露もすぐ乾くし。

110: 底名無し沼さん 03/07/13 13:41
どこが山頂がよくわからない山って・・・

111: 底名無し沼さん 03/07/13 14:00
>>110
金峰山。
増富から登る登山者は山梨県が立てた偽の山頂標にだまされ、正規の山頂を
踏まずに帰る。

113: 底名無し沼さん 03/08/09 14:55
>>111
気になる発言。
キンプ山にはそんなトラップがあるのか

129: 底名無し沼さん 03/10/22 01:13
山頂に上れば
向こう側がみえる

131: 底名無し沼さん 03/10/26 10:19
山頂とは
あともうすこし、もうちょっと、ひとのぼり、すぐそこ の終点

141: 底名無し沼さん 03/12/29 23:32
山頂とは
到着した時
風の強さを全身で喜びながら
こんなものかと
大人ぶって素知らぬ顔をしながら
そそくさと出発する地

175: 底名無し沼さん 2006/09/16(土) 23:32:39
山頂ではそれまでの登りのせいか意外と無心の境地になる。
でもこの境地に入り浸っている時間が俺の人生の最も心地よい時だ。
そして後日あの山行は良かったと思い出す度に涙ぐんできちまう。

176: 底名無し沼さん 2006/09/20(水) 23:39:45
山頂とは全てが開放され俺が俺であることすらも忘れられる唯一の場所。
つまり俺は無の境地の居心地の良さが癖になったと。だから山はやめられない。

130: 底名無し沼さん 03/10/25 08:52
感情が高揚される場所..
特にだれもいない早朝は最高潮に達する為、
ザックに忍ばせた水着に着替えて記念写真をとる。

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四時間くらいかけて山に登る→山頂でラーメン2袋、鯖の水煮缶、豚バラ、卵三個をぐちゃぐちゃに茹でる→うめえ

平ヶ岳に登りたいのですが自信が無く実行に移せません。この時期日帰りは大変だったと推察しますが登山開始と山頂到達時刻、下山時刻を教えて下さい。
http://travel.2ch.net/test/read.cgi/out/1035627704/

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